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高知地方裁判所 昭和50年(ワ)188号 判決 1985年4月11日

原告

武本こと

李政三

原告

河野康孝

原告

和田達美

原告

川田和美

原告ら訴訟代理人

隅田誠一

被告

高知県

右代表者知事

中内力

被告

土佐町

右代表者町長

西村勝仲

被告ら訴訟代理人

中平博

ほか六名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは連帯して原告李政三に対し金三〇〇〇万円、同河野康孝、同和田達美及び同川田和美に対し各金七五〇万円並びにこれらの金員に対する昭和四九年九月一〇日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  身分関係

訴外亡河野ユキエ(以下、「ユキエ」という。)は、原告李政三(以下、「原告李」という。)の内縁の妻で、原告河野康孝、同和田達美及び同川田和美(以下、右三名を「その他の原告ら」という。)の母であつた。そして、訴外亡河野桂孝(以下、「桂孝」という。)は、原告李とユキエとの間の子で、その他の原告らの兄弟であつた。

2  本件災害の発生

前項記載の六名は、もと高知県土佐郡土佐町田井五六九番地一の自宅(二階建、以下、「本件家屋」という。)に居住していたが、昭和四九年九月九日午前四時ころ、その裏山(以下、「本件山地」という。)の山腹部分が崩れ(以下、この崩壊を「本件第二次崩壊」といい、その崩壊箇所を「本件第二次崩壊箇所」という。)、崩れ落ちた土砂によつて本件家屋の一階部分が押しつぶされ、そのために、一階で就寝していたユキエ及び桂孝は、家の下敷きとなつて死亡した(以下、「本件災害」という。)。なお、本件第二次崩壊箇所は、被告高知県(以下、「被告県」という。)が昭和四七年に本件山地に設置した谷止工(以下、「本件谷止工」という。)より上方の山腹部分である。

本件災害は、地形的、地質的に山崩れ(以下、請求原因では、地すべり及び斜面崩壊の両者を含めた意味で使用する。)の発生しやすかつた本件山地に昭和四九年の台風一八号(以下、「台風一八号」という。)に伴う日雨量四〇〇ミリメートル(以下、「ミリ」という。)を超える降雨があつたために、地下水位が極端に上昇して地盤が変動した結果、発生したものである。

3  被告らの責任

被告県及び被告土佐町(以下、「被告町」という。)は、次の理由により、本件災害につき、原告らに対し、損害賠償義務がある。

(一) 国家賠償法(以下、「国賠法」という。)一条一項による被告県の責任

(1)(イ) 本件山地の麓には本件家屋等の民家のほか、用水路(以下、「本件用水路」という。)や町道田井森線(以下、「本件町道」という。)も通つているが、この付近は多量の降雨のある地域であるうえ、本件山地の斜面の傾斜度は三〇度以上であり、山崩れの危険の大きな地域であつた。そして、現に、昭和四五年八月二一日の台風一〇号(以下、「台風一〇号」という。)の際にも本件第二次崩壊箇所と同じ箇所のうち、〇・二ヘクタールにわたつて本件第二次崩壊と同様の山崩れが発生し(以下、「本件第一次崩壊」といい、当該崩壊箇所を「本件第一次崩壊箇所」という。)、崩れた土砂が本件用水路をせき止めて溢水し、右溢水により、右用水路の擁壁を崩壊させたこともあつた。

(ロ) このような本件第一次崩壊の発生により、本件山地では、現地調査の実施が要請されていた。

(ハ) 更に、本件山地では、その後も山崩れ発生の危険が予見され、原告らを含む付近居住者らに危害が生ずるおそれがあつた。

(2) このように、本件山地は本件災害発生前から山崩れ発生の危険があつたのであるから、被告県の公権力の行使に当る公務員である高知県知事(以下、「県知事」という。)は、遅くとも、本件谷止工が設置された昭和四七年末までに、

(イ)① 主務大臣が地すべり等防止法三条一項に基づき、本件山地を同法所定の地すべり防止区域に指定するよう、また、仮に、本件山地だけでは右指定の要件を欠くのであれば、同所と数十メートルしか離れておらず、昭和五〇年五月二九日に建設省告示第九一六号によつて地すべり防止区域に指定された区域(以下、「田井樺地すべり区域」という。)とを合わせて地すべり防止区域に指定するよう、同法三条一項に基づき、主務大臣に対し、意見具申及び指定の申請をすべきであり、

② 森林法二五条一項三、六号所定の目的を達成するために同法二七条一項又は四一条二項に基づき、農林水産大臣(当時は、昭和五三年法律第八七号による改正前の同法により農林大臣。以下、同様。)に対し、本件山地を同法所定の保安林又は保安施設地区に指定するよう申請すべきであり、

③ 急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律(以下、「急傾斜地法」という。)三条一項に基づき、本件山地を同法三条一項所定の急傾斜地崩壊危険区域に指定すべきであり、

(ロ) 右(イ)①ないし③の各措置をとるかどうかを判断する前提として、本件山地の現地調査をすべきであり、仮に右(イ)①ないし③に基づく各調査義務が生じないとしても、地方自治法二条三項一二号に基づく現地調査をすべきであつた。

(3) また、このような本件第一次崩壊があつた以上、被告県の公権力の行使に当る公務員である高知県中央林業事務所治山林道課職員(以下、「治山林道課職員」という。)は、その所管にかかる治山事業を全うするために、本件災害発生前に山崩れの恐れのある本件山地についてボーリング調査等により現地調査を尽くして山崩れ等の予防対策工事の設計、施工をすべきであり、もし自己の分掌事務の範囲を越えるものがあれば、その所管部課に引き継ぎ、又は関係者にその旨告知して指導し、もつて山崩れを防止する義務があつた。

(4) ところが、県知事は、前記(2)の義務を怠りこれを行わず、また、治山林道課職員は、本件第一次崩壊後本件山地に赴きながら、同崩壊の原因に関し、ボーリング調査等の調査をせず不十分な調査しか行わなかつたうえ、右調査によつても「地質御荷鉾層、基岩無点紋黒色片岩、傾斜角三〇度最多日雨量四〇〇・五ミリ、荒廃原因の素因湧水、崩壊地面積〇・二ヘクタール」との結果が得られておりながら、後述するような不完全な本件谷止工を設置しただけで、何ら他の措置を取らなかつた。

(5)(イ) もし、前記(2)(イ)①の義務が尽くされておれば、本件山地又はこれを含む区域は、本件災害後田井樺地すべり区域が指定されたように、ほどなく、地すべり防止区域に指定されていたはずであり、その場合には、県知事は、土佐町長(以下、「町長」という。)の意見を聞いて地すべり防止区域に係る地すべり防止工事に関する基本計画を作成する(同法九条)とともに、必要な地すべり防止工事をしていたはずであり、そうすれば、右工事は、台風一八号の来襲する前に完成されていたはずであるから、本件災害も発生しなかつたはずである。

(ロ) もし、前記(2)(イ)②の義務が尽くされておれば、本件山地は、ほどなく保安林又は保安施設地区に指定されていたはずであり、その場合には、予防治山事業又は林地崩壊防止事業にかかる工事が施行されていたはずであり、そうすれば、右工事は、台風一八号の来襲する前に完成されていたはずであるから、本件災害も発生しなかつたはずである。

(ハ) もし、前記(2)(イ)③の義務が尽くされておれば、県知事は、ほどなく急傾斜地法一二条所定の急傾斜地崩壊防止工事を施行していたはずであり、そうすれば、右工事は、台風一八号の来襲する前に完成されていたはずであるから、本件災害も発生しなかつたはずである。

(ニ) もし、前記(2)(ロ)の義務が尽くされておれば、本件山地の崩壊の危険性は直ちに判明し、県知事において前記(2)(イ)①ないし③の各措置又は地方自治法上の治山事業を実施したはずであり、そうすれば、本件災害が発生しなかつたことも前記のとおりである。

(ホ) もし、前記(3)の義務が尽くされておれば、やはり、本件山地の危険性が判明し、その結果、右(ニ)と同様、しかるべき措置が台風一八号来襲前に取られ、本件災害は発生しなかつたはずである。

(二) 国賠法二条一項による被告県の責任

(1) 本件谷止工は、昭和四七年に被告県が小規模治山事業として本件山地に設置した施設であり、山腹崩壊、土砂崩壊などの予防施設として山腹の基礎を固定し、〇・五ヘクタールの山腹の安定を図り、もつて下方の本件家屋等一五戸の民家や本件町道の五〇〇メートルにわたる範囲を保全することを目的とする公の営造物である。

(2) ところが、もし右の目的を完全に充足する施設を設置しようとすれば、少なくとも、排水工及び盛止工の組合わせ工事、本件山地の山腹の土砂切取並びに土留工(コンクリート、方格枠、フトン篭)等の工事が必要であつたにもかかわらず、本件谷止工は、単に小規模な崩落土砂の落下を止めるための構造しか有しておらず、治山林道課職員の前記調査により、山崩れの危険性の大きなことが判明している本件山地の崩壊予防施設としては、きわめて不十分なものであつた。そのため、本件谷止工は、本件第二次崩壊の際には、土砂の崩落を止めることができなかつた。

(3) また、本件谷止工は、設置後次第に堆積した土砂のために本件第二次崩壊発生当時には、すでにこれ以上の崩落土砂をせき止められる状態にはなかつたにもかかわらず、被告県は、それまでに新たな谷止工を設置し、又は本件谷止工に堆積した土砂を除去するなどの適切な管理を怠り、漫然これを放置した。このために、本件谷止工は、本件第二次崩壊に対し、何らの防災効果もあげることができず、その結果、本件災害が発生した。

(4) よつて、本件谷止工は、その設置又は管理若しくは設置及び管理に瑕疵があつたものというべきである。

(三) 国賠法一条一項による被告町の責任

(1) 本件山地は、前記(一)(1)(イ)及び(ハ)記載のとおり、本件災害発生前からきわめて危険な状態にあつた。

(2) それゆえ、被告町の公権力の行使に当る公務員である町長は、遅くとも、本件谷止工が設置された昭和四七年末までに、

(イ) 森林法二五条一項三、六号所定の目的を達成するために同法二七条二項に基づき、県知事を経由して農林水産大臣に対し、本件山地を同法所定の保安林に指定するよう申請すべきであり、

(ロ) 県知事が急傾斜地法三条一項に基づき、本件山地を同法所定の急傾斜地崩壊危険区域に指定するよう、県知事に対し、右指定について意見を述べるべき(地方自治法二条三項一二号、同法別表第二の二五の一五)であつた。

(3) また、前記の本件山地の状況に照らすならば、被告町の公権力の行使に当る公務員である土佐町吏員(氏名不詳。以下、「町吏員」という。)は、本件谷止工が設置された後も山崩れ等の災害発生の可能性の有無については、付近住民に対し、慎重に説明すべきであり、いやしくも、右施設の施行効果を過信して安易な説明をすべきではなかつた。

(4) ところが、町長は、前記(2)の各義務を怠り、これを行わず、また、町吏員は、本件谷止工の施行効果を過信した結果、昭和四九年初めころ、ユキエから本件山地の安全性について質問を受けた際に、「山崩れの心配はない。大丈夫である。」との誤つた説明をした。

(5)(イ) もし、前記(2)(イ)の義務が尽くされておれば、本件山地は、ほどなく保安林に指定されていたはずであり(この点につき、県知事が反対の意思を表明することは、考えられない。)、その場合には、予防治山事業又は林地崩壊防止事業にかかる工事が施行されていたはずである。そうすれば、右工事は、台風一八号の来襲する前に完成されていたはずであるから、本件災害も発生しなかつたはずである。

(ロ) もし、前記(2)(ロ)の義務が尽くされておれば、町長の意見を聞いた県知事が本件山地をほどなく急傾斜地法三条一項所定の急傾斜地崩壊危険区域に指定したことは確実であり、その場合には、同知事がほどなく同法一二条所定の急傾斜地崩壊防止工事を施行していたはずであり、そうすれば、右工事は、台風一八号の来襲する前に完成されていたはずである。よつて、前記(2)(ロ)の義務が尽くされておれば、本件災害は発生しなかつたはずである。

(ハ) 原告李及びユキエは、町吏員の前記説明を信じ、それからまもない昭和四九年四月に元あつた居宅を取り壊し、その場所に原告李及びユキエの共有にかかる本件家屋を新築したが、もし、町吏員が誤つた前記説明さえしなければ、原告李らは、このように、本件家屋を新築してそのまま本件山地の麓に居住することはなかつたはずであるから、本件災害は発生しなかつたはずである。

4  損害

(一) 物 損 四八〇万円

本件家屋は、原告李及びユキエが四八〇万円で昭和四九年四月に新築したものであるが、本件災害により全壊し、使用不能となつた。

当時の本件家屋の価額は四八〇万円とみるのが相当であるところ、同家屋は、原告李及びユキエの共有(持分各二分の一)であつたから、右両名は、それぞれ二四〇万円の損害を受けた。

(二) ユキエの逸失利益 一七九七万三一二〇円

原告李は、ユキエ及び雇人(女性)と共に古物商を営み、一か月五〇万円以上の純益をあげていたが、ユキエは死亡当時四三歳の働き盛りで、自らは四トン積みトラックを運転して外交、運搬に従事し、当時すでに五九歳に達し、日本語も不自由な原告李を助けて生業に励んでいたものであるから、その寄与率は三〇パーセント以上であつた。

よつて、ユキエは、生存しておれば、満六三歳までの二〇年間にわたり、毎月一五万円の収入を得たはずであるから、右期間を通じて控除すべき生活費を毎月四万円とし、中間利息の控除につき、ホフマン式計算法(これによればホフマン係数は一三・六一六である。)を用いて死亡時における逸失利益を算定すれば、同人の逸失利益は、別紙(一)記載(1)の計算式のとおり、一七九七万三一二〇円となる。

(三) 桂孝の逸失利益 二九四二万六七六〇円

桂孝は、死亡当時満二一歳の元気盛りで、ユキエと同様、原告李を助けて運搬、解体等に従事していたもので、その寄与率も三〇パーセント以上であつた。

よつて、桂孝は、生存しておれば、満六三歳までの四二年間にわたり、毎月一五万円の収入を得たはずであるから、右期間を通じて控除すべき生活費を毎月四万円とし、中間利息の控除につき、ホフマン式計算法(これによればホフマン係数は二二・二九三である。)を用いて死亡時における逸失利益を算定すれば、同人の逸失利益は、別紙(一)記載(2)の計算式のとおり、二九四二万六七六〇円となる。

(四) 慰藉料

(1) 原告李 五〇〇万円

原告李は、二十数年連れ添つたユキエを一瞬にして失つたので、その精神的苦痛を慰藉するためにこれを金銭に見積れば、三〇〇万円を下らない。また、桂孝は、原告李の次男であるが、長男がサラリーマンであるところから、原告李の家業を継ぎ、同人も、桂孝を将来とも頼りにしていたので、同人を失つたことによる原告李の精神的苦痛を慰藉するためこれを金銭に見積るならば、二〇〇万円を下らない。従つて、同人の慰藉料は合計五〇〇万円を下らない。

(2) その他の原告ら 各二五〇万円

その他の原告らがその母であるユキエを失つた精神的苦痛を慰藉するためにこれを金銭に見積るならば、それぞれ一五〇万円を下らない。また、その他の原告らがその兄弟である桂孝を失つた精神的苦痛を慰藉するためにこれを金銭に見積るならば、それぞれ一〇〇万円を下らない。従つて、その他の原告らの慰藉料はそれぞれ合計二五〇万円を下らない。

(五) 葬祭費 六〇万円

原告李は、ユキエ及び桂孝の葬祭費として、少なくとも六〇万円を支出したから、右葬祭費用も本件災害と相当因果関係のある損害である。

(六) 相 続

原告李は、桂孝の逸失利益を単独相続し、その他の原告らは、ユキエの逸失利益及び本件家屋の損壊による損害賠償請求権(同女の持分について)を均分相続した。

(七) 損害から控除されるべき受給利益 一〇〇万円

(1) 原告李は、被告町から本件災害につき、見舞金一〇〇万円の支払を受けた。

(2) よつて、原告李は、右一〇〇万円を同原告の損害に充当したので、これを右損害から控除する。

(八) 弁護士費用 三〇〇万円

このように、原告李は、前記(一)、(三)、(四)(1)及び(五)の各損害金合計から右(七)(1)の受給利益を控除した三六四二万余円、その他の原告らは、前記(一)、(二)及び(四)(2)の各損害金合計の各九二九万余円の各損害を受けたことになるが、被告らが任意に賠償しないので、この損害の賠償請求訴訟の遂行を原告ら訴訟代理人に委任し、その着手金及び成功報酬として、原告李は一五〇万円を、その他の原告らは各五〇万円をそれぞれ支払う旨約したから、右弁護士費用合計三〇〇万円も本件災害と相当因果関係のある損害である。

5  よつて、原告らは被告らに対し、連帯して国賠法一条一項又は二条一項(但し、被告県についてのみ。)に基づき、前記損害の内金として、原告李に三〇〇〇万円、その他の原告らにそれぞれ七五〇万円並びにこれらに対する不法行為の日の翌日である昭和四九年九月一〇日以降各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

(被告県)

1 請求原因1項の事実は認める。

2 請求原因2項前段の事実は認める。同項後段のうち、本件山地が山崩れの発生しやすい地域であることは否認し、その余の事実は認める。

3 請求原因3項について

(一) 同項冒頭部分の主張は争う。

(二) 同項(一)について

(1) 同(1)(イ)のうち、本件山地の麓に本件家屋等の民家、本件用水路及び本件町道があること、同所付近が多量の降雨のある地域であること、本件山地の斜面の傾斜度が三〇度以上あること並びに台風一〇号来襲の際に本件第一次崩壊が発生し、原告ら主張のような被害が発生したことは認め、その余の事実は否認する。なお、本件第一次崩壊箇所の面積は、〇・〇二ヘクタールである。同(ロ)及び(ハ)の各事実は否認する。

(2) 同(2)のうち、県知事が被告県の公権力の行使に当る公務員であること及び田井樺地すべり区域が本件山地と近接し、原告ら主張の日に地すべり防止区域に指定されたことは認め、その余は争う。

(3) 同(3)のうち、治山林道課職員が被告県の公権力の行使に当る公務員であることは認め、その余は争う。

(4) 同(4)のうち、県知事が原告ら主張の各行為をしなかつたこと並びに治山林道課職員が本件第一次崩壊後本件山地の現地調査を行い原告ら主張の調査結果が得られたこと(但し、崩壊面積は〇・〇二ヘクタールである。)及び本件谷止工を設置したことは認め、その余の事実は否認する。

(5) 同(5)(イ)のうち、本件災害後田井樺地すべり区域が地すべり防止区域に指定されたことは認め、その余の事実は否認する。同(ロ)ないし(ホ)の各事実は否認する。

(三) 同項(二)(1)のうち、本件谷止工の設置目的が原告らの主張するようなものであることは否認し、その余の事実は認める。同(2)は争う。同(3)のうち、被告県が本件谷止工設置後、これに堆積した土砂を除去せず、また、その後本件第二次崩壊発生まで本件山地に新たな谷止工を設置しなかつたことは認め、その余の主張は争う。同(4)の主張は争う。

4 請求原因4項(一)ないし(三)の各事実は知らない。同項(四)のうち、ユキエ及び桂孝と原告らとの間の身分関係は認め、その余の事実は知らない。同項(五)及び(六)の各事実は知らない。同項(七)(1)のうち、一〇〇万円が見舞金であるとの主張は争い、その余の事実は認める。被告町は、本件災害によつて原告李の妻ユキエ及びその子桂孝が死亡したことについて、災害弔慰金の支給及び災害援護資金の貸付けに関する条例(昭和四九年七月一五日条例第二〇号)三条、五条により、合計一〇〇万円の弔慰金を支給した。同項(八)のうち、原告らが原告ら訴訟代理人に本件訴訟の遂行を委任したことは認め、その余の事実は知らない。

(被告町)

1 請求原因1項の事実は認める。

2 請求原因2項に対する認否は、請求原因に対する被告県の認否2項と同じである。

3 請求原因3項について

(一) 同項冒頭部分の主張は争う。

(二) 同項(三)について

(1) 同(1)のうち、本件山地の麓に本件家屋等の民家、本件用水路及び本件町道があること、同所付近が多量の降雨のある地域であること、本件山地の斜面の傾斜度が三〇度以上あること並びに台風一〇号来襲の際に本件第一次崩壊が発生し、原告ら主張のような被害が発生したことは認め、その余の事実は否認する。なお、本件第一次崩壊箇所の面積は、〇・〇二ヘクタールである。

(2) 同(2)のうち、町長が被告町の公権力の行使に当る公務員であることは認め、その余は争う。

(3) 同(3)のうち、町吏員が被告町の公権力の行使に当る公務員であることは認め、その余は争う。

(4) 同(4)のうち、町長が原告ら主張の各行為をしなかつたことは認め、その余の事実は否認する。

(5) 同(5)(イ)及び(ロ)の各主張は争う。同(ハ)のうち、本件家屋が新築されたことは認め、その余の事実は否認する。

4 請求原因4項に対する認否は、請求原因に対する被告県の認否4項と同じである。

三  被告らの主張

(被告県の主張)

1 本件谷止工設置に至る経緯

(一) 本件家屋は、土佐町樺地区の部落の西はずれに所在し、本件町道に面してその北側に建てられており、本件家屋上方約一〇メートルには、山肌を横断して灌漑用水路(本件用水路)が東西に通っている。

(二) ところで、本件山地は、本件町道からの高さ約一四〇メートル、傾斜度約三〇度の峻険な山であり、かつて台風一〇号の際に山腹に小崩壊(本件第一次崩壊)があり、その土砂が下方の本件用水路を閉塞し、これによる溢水のために右用水路の擁壁部分が崩壊したため、被告町は、がけ崩れ住家防災対策事業として擁壁を構築した。なお、本件第一次崩壊箇所は、本件用水路の上方約一〇〇メートルの地点にあるが、本件用水路の上方は、約一〇〇メートルにわたつて岩盤が露出して谷状の地形を形成しており(以下、「谷状部分」という。)、従前から上方の表層土砂が流出し、降雨時及びその後には水が流れる状態であつたうえ、その下方には原告らの家屋が建築されていたので、町吏員は、前記がけ崩れ防災対策工事を実施する際、その付近は大雨の際には多少の土砂が落下し、本件用水路を塞いで水が溢れることがあるかも知れないと注意した。

(三) 本件山地はこのような状態にあつたので、被告町は、昭和四六年に至り被告県に対し、治山事業の施行を要請したところ、被告県も崩壊規模等を考慮したうえで、その単独費用をもつて、小規模治山事業として本件谷止工を施工することとなつた(昭和四七年度工事)。

(四) 本件谷止工は、前述のように、一〇〇メートル余りにわたつて露出した岩盤上(本件用水路の上方二〇メートルの箇所)に二段に岩盤を掘穿して基磯とし、基底の厚さ一・八五メートル、袖天端の厚さ〇・五メートル、高さ三・五メートル、長さ一二メートル、コンクリート体積三八・九立方メートルの規模のもので、山脚部固定と小規模の崩落土砂の防止を目的としたものであつた。そして、右工事は、昭和四七年九月四日に着工し、同年一〇月二三日に完成し、被告県は、同日引渡しを受けたものである。

2 本件災害について

(一) 台風一八号が沖縄に達した昭和四九年九月六日ころから、高知県上空に湿つた南風が流入し、県下の所々で強いにわか雨が降り出したが、台風が九州南西部に接近した同月八日夕刻から県中、西部の山間部を中心に一時間二〇ミリ前後の強い雨となり、台風が九州南部を横断して宮崎県にはいつた同日夜半ごろからは、県の中部山間部では激しい雨となり、高知県長岡郡本山町では同月九日午前三時から四時までの一時間に六〇ミリ、日雨量では四三〇ミリを記録する豪雨となつた。これは、台風一八号が、折から日本海から南下し、四国中部に停滞していた前線を刺激したために生じたものである。

(二) こうした豪雨の中、同日午前四時ころ、本件山地の頂上から約二〇メートル下方、本件谷止工の上方約一〇〇ないし一一〇メートルの箇所(本件第二次崩壊箇所)において湧水による山腹崩壊(本件第二次崩壊)が起こり、約二〇〇立方メートルの土砂が流出して下方の本件家屋を襲い、本件災害が発生した。

(三) 本件災害の原因は、右豪雨によつて本件山地に大量に浸透した雨水が地下水位を上げ、更に、間隙水圧も上昇したために崩壊が発生したことによるものである。

3 被告県の責任について

被告県は、次の理由により、本件災害につき、責任を負うものではない。

(一) 国賠法一条一項による被告県の責任

(1) 原告らは、被告県の公権力の行使に当る公務員である県知事及び治山林道課職員が原告ら主張の作為義務を怠ったことを違法と主張するが、こうした公務員の不作為が違法と認められるためには、その違法性の前提として、作為義務の存在することが必要である。そして、この作為義務は、法令の規定又は法律行為によつて根拠付けられていなければならないものである。

(2) 地すべり防止区域の指定に関する県知事の過失について

(イ) 地すべり等防止法は、地すべりを防止して、国土の保全等に資することを目的とするものであり(同法一条)、主務大臣は、この法律の目的を達成するために必要があると認めるときは、関係都道府県知事の意見をきいて地すべり防止区域を指定することができる(同法三条一項)とされている。

(ロ) ところで、地すべりとは、山地又は丘陵において、斜面の一部がすべり出す現象、すなわち、山地又は丘陵の斜面の一部が、斜面の下に分布している地すべり粘土のせん断破壊によつて、破壊面をすべり面として下方へ移動する現象をいうものであり、地すべり等防止法における地すべりの定義も「土地の一部が地下水等に起因してすべる現象、又はこれに伴つて移動する現象をいう。」(同法二条一項)としており、斜面の崩れ落ちる斜面崩壊とは明確に区別している。こうした地すべりは、地すべりの原因となるような粘土の生成が容易に行われて粘土層が広範に存在し、かつ、こうした地下の粘土層に容易に地下水を供給できるような地質条件を具備する特定の地質条件のところにのみ発生するため、その発生の予知は比較的容易であり、この点においても、地形と気象条件さえ整えば、いかなる地質条件のところにも発生しうる斜面崩壊と区別できる。もつとも、地すべりの原因については、今日でも必ずしも明らかではない。なお、四国の地すべり地帯では、その地質的特質として、黒色片岩の風化によつて生じた黒色粘土や緑色片岩から風化生成された緑色粘土が広く分布している。

前記地すべり防止区域とは、現に地すべりしている区域又は地すべりするおそれのきわめて大きい区域(地すべり区域)並びにこれに隣接する地域のうち、右地すべり区域の地すべりを助長し、若しくは誘発し、又は助長し、若しくは誘発するおそれのきわめて大きいもの(地すべり地域)であつて、公共の利害に密接な関連を有するものをいう(同法三条一項)とされている。

(ハ) しかしながら、この地すべり防止区域の指定は、主務大臣の権限に属するうえ、都道府県知事が地すべり等防止法七条に基づいて行う地すべり防止工事も、その固有の権限ではなく、都道府県知事が国の機関委任事務として行うものであつて(地方自治法二条二項、一四八条、同法別表第三の一一三の二)、この場合には、同知事は、国の委任事務を行う機関として主務大臣の指揮監督を受けて(同法一五〇条)これを行うものであり、地方公共団体である被告県の事務としても、地方公共団体の委任事務(同法二条、同法別表第一、第二)としても関与するものではない。更に、その実施も都道府県知事の広範な裁量行為であるとされているから、これらの規定によつて同知事に直接の作為義務が発生するものではない。

(ニ) また、この地すべり防止区域の指定は、指定基準(建設省、農林省、大蔵省昭和三三年七月三日申合せ)に基づいて運用されているが、その内容は、別紙(二)記載のとおりである。そして、主務大臣は、当該区域が右基準に該当する場合には、関係都道府県知事の意見を聞いて、地すべり防止区域の指定をすることになる。

ところが、本件山地の地質は、御荷鉾層で、基岩は、無点紋黒色片岩で土壤は礫土であつて地すべり地帯のそれではなく、本件第二次崩壊の態様も地すべりとはいえない。そして、本件第二次崩壊箇所を含む本件山地の地域面積は一・〇三五五ヘクタールであり、この点においても指定基準に該当しないから、仮に、県知事が主務大臣に対し、本件山地を地すべり防止区域に指定するよう意見の具申等をしたとしても、右指定権者である主務大臣は、前記指定基準に照らし、本件山地が要件を具備しないとして、これを地すべり防止区域に指定しないことは、明らかである。

(ホ) 従つて、県知事は、本件山地が地すべり等防止法所定の地すべり防止区域に指定されるよう指定の意見具申及び協力をしなかつたことにつき、何ら過失がない。

(3) 保安林又は保安施設地区の指定に関する県知事の過失について

(イ) 森林法に基づく保安林の指定は、同法二五条一項一ないし一一号所定の目的を達成するため必要があるとき、農林水産大臣(但し、権限が委任されているものについては、都道府県知事。)においてこれを行うもの(同法二五条一項)とされている。また、同法に基づく保安施設地区の指定は、同法二五条一項一ないし七号所定の目的を達成するため、国が森林の造成若しくは維持に必要な事業を行う必要があると認めるとき、農林水産大臣(但し、権限が委任されているものについては、都道府県知事。)において、右事業を行うのに必要な限度においてこれを行うもの(同法四一条一項、二五条一項)とされている。

すなわち、これらの指定は、あくまでも農林水産大臣の権限に属するものであるから、右指定が行われなかつたことから直ちに県知事に職務上の義務違反が生ずるとはいえない。

もっとも、都道府県知事は、国の機関委任事務として保安林又は保安施設地区の指定をすることもあるが(地方自治法二条二項、一四八条、同法別表第三の八三)、この場合でも、前記のように、同知事につき、直ちに作為義務が発生するものではない。

(ロ) また、森林法は、保安林の指定に関しては、その保安林の指定に利害関係を有する地方公共団体の長に保安林指定申請の権限を認めているが、(同法二七条一項)、この規定は右長に申請を法律上義務付けたものとはいえない。更に、森林法は、右地方公共団体の長のほかに、その保安林の指定に直接の利害関係を有する者にも申請の権限を認めている(同項)が、ここにいう「直接の利害関係者」とは、保安林の指定にかかる森林の所有者、その他権原に基づき、その森林の立木竹若しくは土地の使用又は収益をなしうる者のほか、保安林の指定により直接利益を受ける者又は現に受けている利益を直接害され、若しくは害されるおそれがある者も含まれるから、原告らもまた、本件山地を保安林に指定するよう申請できる立場にあつたものである。

(ハ) よつて、県知事は、本件山地が森林法所定の保安林又は保安施設地区に指定されるよう申請しなかつたことにつき、何ら過失はない。

(4) 急傾斜地崩壊危険区域の指定に関する県知事の過失について

(イ) 急傾斜地法所定の急傾斜地崩壊危険区域の指定は、都道府県知事の権限に属する処分である。すなわち、同知事は、同法の目的(同法一条)を達成するために必要があると認めるときは、関係市町村長の意見をきいて、崩壊するおそれのある急傾斜地で、その崩壊により相当数の居住者その他の者に危害が生じるおそれのあるもの及びこれに隣接する土地のうち、当該急傾斜地の崩壊が助長され、又は誘発されるおそれがないようにするため、同法七条一項各号に掲げる行為が行われることを制限する必要がある土地の区域を急傾斜地崩壊危険区域として指定することができる(同法三条一項)こととされている。

(ロ) しかしながら、右規定は、都道府県知事が必要と認めるときに、同知事において急傾斜地崩壊危険区域を指定することができる旨を定めたものであり、いかなる場合にこれを指定するかは同知事の裁量に委ねられているから、右指定を行わなかつたことから、直ちに同知事につき、指定義務を懈怠した違法が存するものとはいえない。

(ハ) 更に、この急傾斜地崩壊危険区域の指定は、指定基準(昭和四四年八月二五日建設省河砂第五四号建設省河川局長通達)に基づいて運用されているが、その内容は、別紙(三)記載のとおりである。

ところが、本件山地は右基準を充足するものでないから、仮に県知事について指定義務があるとしても、同所は指定の対象地に該当しないとして指定されないことが明らかである。

(ニ) よつて、いずれにしても、県知事は、本件山地を急傾斜地法所定の急傾斜地崩壊危険区域に指定しなかつたことにつき、何ら過失はない。

(5) 現地調査に関する県知事の責任について

(イ) 地すべり防止区域の指定に関する現地調査について

地すべり等防止法によれば、地すべり防止区域の指定は、心要に応じ、当該地すべり地域に関し、地形、地質、降水、地表水若しくは地下水又は土地の滑動状況に関する現地調査をして行うものとする旨が定められている(同法五条)が、前記のように、地すべり防止区域の指定は主務大臣の権限であること、その他同法六条の趣旨に照らせば、右現地調査は、主務大臣の行う事務であつて、県知事の行う事務ではない。

更に、前述のように、本件山地は、地すべり防止区域に該当するものでないから、主務大臣がこれを地すべり防止区域に指定することはありえない。従つて、主務大臣の右指定に関する県知事の意見の具申のための調査義務が県知事に生ずる余地はない。

(ロ) 保安林又は保安施設地区の指定に関する現地調査について

前記のとおり、保安林及び保安施設地区の指定は、農林水産大臣の権限に属するものであるから、右指定のための現地調査も国自らが行うものであつて、都道府県知事に右調査義務が課せられているものではない。

更に、保安林は、一定の行為制限を課し(森林法三四条)、立木を伐採した跡地については植栽の義務を課し(同条の二)、これらの義務に違反した場合には、是正措置として森林に復旧させる(同法三八条)等現状の森林の保存と森林所有者等によるその森林における適切な施業を確保することによつて、保安林の指定目的の達成を図ろうとするものである。そして、右指定調査に当つては、その指定を適切に行うため、①指定すべき森林の範囲の確定、②指定区域の森林所有者等の権利の種類、住所氏名、③地況(地形、地質、土壤、降水量等)、④林況(立木の種類、立木の年齢、疎密度、蓄積、生育状況等)、⑤その他要指定地の現況、⑥受益対象、⑦森林施業を行うべき内容、⑧保安林として指定すべき理由及び⑨その他指定に対する利害関係者の意見をそれぞれ調査するが、これは、指定調書作成について調査すべき項目であり(保安林及び保安施設地区に関する事務処理規程(昭和三七年七月二六日農林省訓令第四二号)三条)、治山事業を全うするための調査でも山崩れの予防措置を講ずるための調査でもない。

(ハ) 急傾斜地崩壊危険区域の指定に関する現地調査について

前記のとおり、県知事には本件山地を急傾斜地法所定の急傾斜地崩壊危険区域に指定すべき義務がないのであるから、右指定のための調査義務が県知事に生ずる余地はない。

(ニ) また、地方公共団体の事務は、地方自治法二条三項及び同法別表によつて定められているが、地方公共団体はこれらの規定によつて直ちに事務処理の義務を負うものではないから、これらの規定の存在をもつて、県知事につき現地調査義務があるとすることもできない。

(ホ) 更に、本件山地は、本件災害当時何らの規制もない私有の山林であり、被告県が本件第一次崩壊の事実を認識したのも、被告町からの要請により本件谷止工の設置を計画したときからであるので、右設置当時に県知事において災害発生防止のための調査を行うべき義務が課せられていたとはいえない。

(ヘ) 従つて、いずれにしても、県知事は、現地調査をしなかつたことにつき、何ら過失がない。

(6) 治山事業に伴う現地調査に関する治山林道課職員の過失について

(イ) 県知事が右(5)(イ)ないし(ハ)の各調査義務を行うべき法律上の義務を負わないことは前記のとおりであるから、治山林道課職員も本件山地につき、地すべり等防止法に基づく地すべり防止区域、森林法に基づく保安林又は保安施設区域若しくは急傾斜地に基づく急傾斜地崩壊危険区域の各指定に先立つ現地調査を行う法律上の義務を負わない。

(ロ) また、地すべり及び急傾斜地崩壊の各防止対策並びに地すべり防止区域及び急傾斜地崩壊危険区域の監視、管理及び設備の維持修繕に関することは、建設行政に係る職務行為であり、被告県では、土木部砂防課がこれを主管するから、農林水産行政を主管する農林水産部森林土木課の出先機関である中央林業事務所の治山林道課職員は、地すべり防止区域又は急傾斜地崩壊危険区域の指定の調査につき職務権限を有せず、また、特に県知事から右調査を命ぜられたわけでもないから、これらの調査をする義務を負わない。

(ハ) 更に、保安林の指定のための調査は、前述のように、保安林の指定を適正に行うための調査であつて、治山事業を全うするため及び山崩れ危険区域の予防措置を講ずるための調査ではないから、治山林道課職員が右調査を行わなかつたからといつて、その義務を懈怠したことにはならない。

(ニ) なお、本件山地は本件災害当時何らの規制もない私有の山林であり、被告県が本件第一次崩壊の事実を認識したのも、被告町からの要請により本件谷止工の設置を計画したときからであるので、右設置当時に治山林道課職員において災害危険防止のための調査を行うべき義務が課せられていたとはいえない。

(ホ) よつて、いずれにしても、治山林道課職員は、現地調査につき、何ら過失はない。

(7) 以上のとおりであるから、被告県は、本件災害につき、国賠法一条一項による責任を負うものではない。

(二) 国賠法二条一項による被告県の責任

(1) 国賠法二条一項にいう公の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、その営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいうところ、本件谷止工は、次に述べるように、右の安全性を欠いていないので、その設置又は管理に瑕疵はない。

(2) 本件谷止工の設置について

(イ) 前記のとおり、本件谷止工は、被告町の要請により被告県が必要と認めて計画し、これを設置したものである。

(ロ) ところで、治山事業の施設計画に当つては、その山地の荒廃原因等を究明し、それに対する工種工法を選定し、かつ、荒廃の程度及びその危険度に応じて施設の規模を決定する必要があるが、本件山地では、調査の結果、次の事実が認められた。

① もともと、本件山地の山腹には一〇〇メートルにわたる谷状部分があり、山腹から同所を伝つて流水又は小規模な落石があり、本件第一次崩壊のときにも約一立方メートルの土砂が本件用水路を閉塞し用水が溢れたため、右用水路の擁壁部分が崩れた経緯があること。

② その後も同じ箇所から時折、少量(ぱらぱらと落下する程度)の落石があつたが、災害を生ずることはなかつたこと。

③ 本件第一次崩壊箇所は、すでに植生が侵入して草木が生育し、森林に復旧しつつあつたこと。

④ 谷状部分は岩盤が固く、その周辺及び上部は樹木が密生して安定した森林状態を保つており、山腹崩壊の徴候はみられなかつたこと。

⑤ 谷状部分は、降雨のときは流水があるが、日照りのときは流水もなく、原告らが本件家屋所在地に居住するようになつてからは、本件第一次崩壊以上の崩壊もなく経過してきたこと。

⑥ 更に、本件山地の過去の最多日雨量は四〇〇・五ミリであるが、この豪雨でも、本件第一崩壊以外には崩壊が発生していないこと。

このように、当時の本件山地の状況は、小規模な落石がある程度で、本件災害のような災害が発生することは、予想することもできなかった。そこで、被告県は、同所における少量の落石を防止して渓床勾配の緩和と山脚を固定する目的で本件谷止工を設置したものであり、本件災害の原因となつた斜面崩壊を防止する目的で工種工法を選定し、これを設置したものではないから、本件災害において、本件谷止工が本件第二次崩壊により崩落した土砂を阻止できなかつたからといつて、このことをもつて公の営造物の設置に瑕疵があつたとはいえない。

(ハ) また、本件谷止工の設置場所、規模、構造等については、治山技術基準(昭和四六年三月二七日林野庁長官通達)に基づいて設計、施工されている。本件山地は、傾斜度約三〇度の急斜面であり、その谷状部分に谷止工を設置することには、立地上、技術上大きな制約が伴うが、本件谷止工は、右基準に合致し、前記の設置目的に即して十分、かつ、完全なものであり、それ自体決して、原告らの主張するように、不十分かつ不完全なものではない。それゆえ、本件谷止工は、本件災害後もなお厳然として存し、その機能を果たしている。

(ニ) なお、原告らは、本件谷止工が排水工及び盛止工の組合わせ工事、本件山地の山腹の土砂切取並びに土留工等の工事によらない不完全な施設である旨主張するが、その反面、原告らは、本件山地の崩壊予防施設として、いかなる工法によるいかなる工事をどの場所にどの程度の規模、構造で行うのか、また、これを設けることによつて本件第二次崩壊が防止できたのかにつき、何ら具体的な説明をしていないから、原告らの右主張は失当である。

また原告らの主張する各種工事を本件山地で行うことは、そもそも地形的にも技術的にも不可能である。

(ホ) よつて、本件谷止工は、その設置に瑕疵がない。

(3) 本件谷止工の管理について

前述したように、本件谷止工は、渓床勾配の緩和と山脚を固定することによつて林地の保全を図ることを目的として設置された治山事業による谷止施設であるから、砂防施設(砂防法にいう砂防施設)とは異なり、林地における森林の維持、造成のために設けるものである。よつて、本件谷止工に堆積した土石を取り除いては、谷止工を設置した目的を達成できず、もともとこれら土石等を取り除かないことにしているから、このことをもつて本件谷止工の管理に瑕疵があるということはできない。そして、他に本件谷止工につき、その設置後、谷止工として通常有すべき安全性を欠くに至つた事実は認められない。

従って、本件谷止工はその管理に瑕疵がない。

(4) 以上のとおりであるから、被告県は、本件災害につき、国賠法二条一項による責任を負うものではない。

(三) 本件災害の予見可能性について

(1) 前述のように、本件災害は斜面崩壊によつて発生したものである。

(2) しかしながら、次に述べるように本件災害の発生を予測することは不可能であった。

(イ) 斜面崩壊の予測について

① 斜面崩壊には、素因としての地質、土質(土の強度、斜面内部の不均質性又は不連続性)、地形、植生等とその誘因としての降雨等とが複雑に関係しあつている。

② ところが、その素因である地形、土質等については、解明を要する問題が多い。とりわけ、地質については、地中における連続性、質の変化及び刻々と進行する風化が未知であるために、時と場所を特定した地質の実態の予測は、不可能といわなければならない。

また、その誘因である降雨についても、その強さや量に関する的確な予測は困難であり、しかも、隆雨がどの程度の強さのときにどの程度地下に浸透し、地質又は土質にどのように作用して斜面崩壊を発生させるのかということ及びその過程の定量的な予知についても、いまだ十分な解明がされていない。

③ なるほど、これまでの経験等からすれば、斜面崩壊は、地形、地質についてみれば、谷密度が高く傾斜度がほぼ三〇度以上の風化花崗岩、火山灰、第四紀層、破砕等の発達している地域に多く発生し、また、崩壊の誘因となる降雨については、日雨量二〇〇ミリ、三時間雨量一〇〇ミリ、一時間雨量二〇ミリ程度のときに発生することが多いと抽象的にいわれているものの、このような抽象的な成果だけで斜面崩壊の具体的予知をすることはできない。とりわけ、高知県には、このような抽象的な条件をみたす素因及び誘因は至るところに存在するといつても過言ではなく、これら山地の斜面のうち、どこが具体的にどのような条件に至れば崩壊が発生するかということが解明されない限り、効果的な対策を講ずることはできない。

④ このように、斜面崩壊の発生機構については経験的にも知見に乏しく、また、未解決の点が多く、そのほとんどが実務により体験的、経験的に知り得た因子及びこれまでの数少ない研究成果をよりどころとしているものであつて、斜面崩壊の解明は、土木工学、治山砂防工学、地形学、土質地質学、気象学、林学等広範多岐にわたる学問の分野に及ぶものであり、これらの各分野における総合的研究の成果によらなければならない。

(ロ) 本件災害の発生原因

ところで、本件災害の原因は、被告県の主張2項(三)記載のとおりであるが、その誘因となつた降雨は、同項(一)記載のとおり、その性状及び降雨量において、いずれも予想し難いものであつた。

(3) よつて、本件災害の発生は予見できなかつたものであるから、被告県はこれによつて生じた損害を賠償するいわれはない。

(被告町の主張)

1 本件谷止工設置に至る経緯被告県の主張1項と同じである。

2 本件災害について

被告県の主張2項と同じである。

3 被告町の責任について

被告町は、次の理由により、本件災害につき、国賠法一条一項による責任を負うものではない。

(一) 保安林の指定に関する町長の過失について

(1) 原告らは、被告町の公権力の行使に当る公務員である町長が作為義務を怠つたことが違法であると主張するが、こうした公務員の不作為が違法と認められるためには、その違法性の前提として、作為義務の存在することが必要である。そして、この作為義務は、法令の規定又は法律行為によつて根拠付けられていなければならない。

(2) ところで、森林法に基づく保安林指定の申請(同法二七条一項)は、当該保安林の指定に利害関係を有する地方公共団体の長もこれを行うことができるものの、右長の行う指定申請は、長に対し、法律上義務付けられているものではない。また、原告らが本件山地を保安林に指定するよう申請できる立場にあつたことは、被告県の主張3項(一)(3)(ロ)のとおりである。

(3) よつて、町長は、本件山地を保安林に指定するよう申請しなかつたことにつき、過失はない。

(二) 急傾斜地崩壊危険区域の指定に関する町長の過失について

(1) 前記(一)(1)と同じである。

(2) ところで、被告県の主張3項(一)(4)(イ)記載のように、急傾斜地法に基づく急傾斜地崩壊危険区域の指定は県知事の権限であつて、町長に権限はない。

(3) もつとも、同法は、県知事が右指定を行うについては、関係市町村長の意見を聞くことを規定している(同法三条一項)が、右市町村長につき、積極的に意見を具申すべき義務があるとは規定していないから、本件においても町長は、本件山地の急傾斜地崩壊危険区域への指定に関し、意見具申の義務を負うものではない。

(4) 更に、被告県の主張3項(一)(4)(ハ)記載のとおり、本件山地は、急傾斜地崩壊危険区域の指定基準に達していないから、仮に、町長が右指定に関し、県知事に対して意見の具申をしたとしても、同所が急傾斜地崩壊危険区域に指定されることはありえなかつた。

(5) よつて、町長は、本件山地が急傾斜地崩壊危険区域に指定されるよう、指定についての意見具申がされなかつたことにつき、何ら過失はない。

(三) 町吏員の過失について

(1) 本件山地は、前記のとおり、従前から本件用水路の上方一〇〇メートルにわたつて表層土砂が流出し、岩盤が露出して谷状部分を形成しており、降雨時及びその後には水が流れる状態であつたが、原告らの家屋は、その下方に建築されていた。

(2) そこで、町吏員は、前記がけ崩れ防災対策工事を実施する際、被告県の主張1項(二)記載のとおりの注意をしているが、「山崩れの心配はない」又は「大丈夫である」との回答をしたことはない。

(3) よつて、本件災害前に町吏員のとつた措置には過失はない。

(四) 本件災害の予見可能性について

(1) 被告県の主張3項(三)(1)及び(2)と同じである。

(2) よつて、本件災害の発生は予見できなかつたものであるから、被告町はこれによつて生じた損害を賠償するいわれはない。

四  被告らの主張に対する認否

(被告県)

1 被告県の主張1項について

(一) 同項(一)の事実は認める。

(二) 同項(二)のうち、本件山地がそのような山であること及び台風一〇号の際にそのような崩壊があり、被告県の主張するような水路下のがけ崩れが発生したことは認め、その余の事実は否認する。

(三) 同項(三)のうち、本件谷止工が小規模治山事業として被告県の昭和四七年度工事として施行されたものであることは認め、その余の事実は知らない。

(四) 同項(四)の事実は認める。

2 被告県の主張2項について

(一) 同項(一)の事実は認める。

(二) 同項(二)のうち、本件災害が発生したことは認め、その余の事実は否認する。

(三) 同項(三)の事実は認める。

3 被告県の主張3項について

(一) 同項冒頭部分の主張は争う。

(二) 同項(一)について

(1) 同(1)の主張は争う。

(2) 同(2)(イ)の事実は認める。同(ロ)のうち、地すべり等防止法が地すべり及び地すべり防止区域についてそのように定義していることは認め、その余の事実は否認する。同(ハ)ないし(ホ)は争う。

(3) 同(3)(イ)のうち、第一段の事実は認め、その余の主張は争う。同(ロ)及び(ハ)の各主張は争う。

(4) 同(4)(イ)の事実は認める。同(ロ)ないし(ニ)の各主張は争う。

(5) 同(5)(イ)のうち、地すべり等防止法五条の規定は認め、その余の主張は争う。同(ロ)ないし(ヘ)の各主張は争う。

(6) 同(6)の事実は否認する。

(7) 同(7)の主張は争う。

(三) 同項(二)について

(1) 同(1)の主張は争う。

(2) 同(2)(イ)のうち、本件谷止工が被告県によつて設置されたものであることは認め、その余の主張は争う。同(ロ)のうち、①記載の事実は認め、②ないし⑥記載の事実は否認する。同(ロ)のその余の主張は争う。同(ハ)のうち、本件山地の傾斜度が約三〇度であることは認め、その余は争う。同(二)及び(ホ)の各主張は争う。

(3) 同(3)及び(4)の各主張は争う。

(三)(ママ)同項(三)(1)及び(2)の各事実は否認する。同(3)の主張は争う。

(被告町)

1 被告町の主張1項及び2項に対する認否は、それぞれ被告県の主張に対する認否1項及び2項と同じである。

2 被告町の主張3項について

(一) 同項冒頭部分の主張は争う。

(二) 同項(一)及び(二)の各主張は争う。

(三) 同項(三)(1)の事実は認める。同(2)の事実は否認する。同(3)の主張は争う。

(四) 同項(四)(1)の事実は否認する。同(2)の主張は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1項(原告らの身分関係)及び2項(本件災害の発生)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二本件災害に至る経緯

<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。

1  本件山地は、土佐町の東端で、高知県長岡郡本山町に隣接する同町樺地区の西端に位置し、北側から南側にかけて三〇度以上の傾斜度を有する山腹を形成している(傾斜度の点は、当事者間に争いがない。)。そして、その南側には地蔵寺川が西から東へと流れており、本件山地の北側(尾根の反対側)は、早明浦ダムの貯水池となつている。本件家屋は、本件山地の南側の麓に位置し、その北側(山腹の南側斜面)には本件用水路及び本件谷止工があり、本件家屋の南側には本件町道がある。なお、本件山地及びその付近の状況は、別紙(四)記載のとおりである。

2  ところで、本件山地の南側斜面には岩盤状の谷を形成している部分(谷状部分)があり、平素は流水がなかつたものの、降雨時には流水があり、降雨量によつては、多少の土砂が落下することもあつた。

昭和四五年八月二一日に高知県に来襲した台風一〇号による降雨(本山町では同日三五二ミリの降雨を記録している)に起因して本件山地の中腹(本件第一次崩壊箇所)で〇・〇二ヘクタールにわたり山腹が崩壊(本件第一次崩壊)し、これによる崩落土砂が谷状部分を伝つて落下し、下方の本件用水路をせき止めた結果、用水路の水が溢れて落下し、そのために右用水路の擁壁部分(土製)が崩落するという事態が発生した。

そこで、被告町は、右復旧工事をするとともに、がけ崩れ住家防災対策事業として、まもなく本件用水路の下方(別紙(四)記載擁壁②)及び本件家屋の北方約一・五メートル(同記載擁壁①)の二箇所の地点に高さ約一・八メートルのコンクリート製の擁壁を構築したが、谷状部分からは、今後もこうした土砂の落下が予想されたため、被告県に対し、本件山地に谷止工を設置するよう要請した結果、被告県もその必要を認め、昭和四七年度小規模治山事業(被告県の単独事業)として本件谷止工を設置した。なお、本件谷止工の設置された位置は、本件第一次崩壊箇所の下方約一一〇メートルであり、本件用水路南側の道の南端(別紙(四)記載点)からの水平距離及び垂直距離は、それぞれ約二七・五メートル及び約二〇・九メートルである。

3  昭和四九年九月二日に台湾の東海上で発生した弱い熱帯低気圧(一〇〇〇ミリバール)は東進しながら発達し、同月五日午前三時、北緯二五・五度、東経一三一・〇度の南大東島付近で台風一八号(九九〇ミリバール)となつた。この台風は、その後太平洋高気圧に進路をはばまれ進行方向を北から西寄りに変え、同月六日には沖縄北方近海を北西に進み、同月七日には鹿児島県名瀬市の西方約二〇〇キロメートルの海上に達したが、速度が遅くなり、北から北東に転向を始めた。このころが台風の最盛期であつたが、中心気圧九七五ミリバール、最大風速毎時三五メートルと小型で並の台風であつた。台風は、同月八日には、接近してきた上層の気圧の谷の影響もあつて、加速しながら九州南西海上を北東に進み、午後八時一〇分ころ鹿児島県枕崎市付近に上陸した。台風一八号は、上陸時の勢力は中心気圧九八〇ミリバール、最大風速毎時三五メートルであつたが、上陸後次第に勢力を弱め、宮崎県を縦断して豊後水道へ出たころには、中心気圧九九六ミリバール、最大風速毎時二〇メートルと、温帯低気圧になる寸前であつた。こうして、ごく小型の弱い台風に衰えた台風一八号は、同月九日午前四時過ぎに愛媛県宇和島市北方に再上陸し、その後東から南東に向きを変えて午前六時ころ、土佐湾に出、温帯低気圧となつた。午前六時の位置は、土佐湾西部の北緯三三・二度、東経一三三・三度である。その後、温帯低気圧は更に加速しながら東から北東に進み、午前九時過ぎには、大阪湾付近に発生した別の温帯低気圧に吸収された。

このような気象経過の中で、高知県地方は、台風一八号が沖縄付近に達した同月六日ころから、高知県上空に湿つた南風が流入し、県下の所々で強いにわか雨が降り出したが、台風が九州南西部に接近した同月八日夕刻から、県中、西部の山間部を中心に一時間二〇ミリ前後の強い雨となり、台風が九州南部を横断して宮崎県にはいつた同日夜半ごろからは、県の中部山間部では激しい雨となり、本山町では同月九日午前三時から四時までの一時間に六〇ミリ、同月八日から九日にかけての日雨量では四三〇ミリを記録する豪雨となつた。これは、台風一八号が、折から日本海から南下し、四国中部に停滞していた前線を刺激したために生じたものである。

こうした豪雨の中、同日午前四時ころ、本件谷止工の上方約一〇〇ないし一一〇メートルの本件第一次崩壊箇所付近(本件第二次崩壊箇所)において山腹崩壊(本件第二次崩壊)が起こり、約二〇〇立方メートルの土砂が流出して下方の本件家屋を襲い、本件災害が発生した(3第二段及び第三段の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。)。

4  前記のように、本件第二次崩壊は、台風一八号と前線による降雨を誘因として発生したことが明らかであるが、その素因については、崩壊箇所の地質、土質(土の強度、斜面内部の不均質性又は不連続性)、地形、植生等が複雑に関与し合つており、そのいずれが決定的であつたかは断定できない。

ところで、斜面災害を大別すれば、斜面崩壊(いわゆる山崩れ又はがけ崩れ)と地すべりとがあり、両者の区分について必ずしも統一的な見解があるわけではないが、それぞれの特徴を挙げて両者を対比すれば、おおむね別紙(五)記載のとおりである。これを本件第二次崩壊についてみれば、同崩壊がこのいずれに該当するのかは、明らかではない。但し、突発的に土砂が崩落している点をみると斜面崩壊の特徴を呈している。

以上の事実が認められ、原告李政三本人の供述中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし措信できず、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。なお、前掲乙第一号証中には、本件第一次崩壊箇所の面積が〇・二ヘクタールであるとの記載があるが、<証拠>によれば、右記載は、〇・〇二ヘクタールの誤記であることが認められる。

三被告らの責任

原告らは、被告県に対し、国賠法一条一項及び同法二条一項に基づいて、被告町に対し、同法一条一項に基づいて、それぞれ損害賠償請求をしているが、まず、同法二条一項による被告県の責任について判断することとする。

1  国賠法二条一項による被告県の責任

(一)  国賠法二条一項の営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠き、他人に危害を及ぼす危険性のある状態をいい、かかる瑕疵の存否については、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきである。

そこで、本件谷止工の設置又は管理に瑕疵が存するかどうかについて、検討することとする。

(二)  本件谷止工の設置の瑕疵

(1) 原告らは、本件谷止工は、山腹崩壊、土砂崩壊などの予防施設として本件山地の山腹の基礎を固定し、〇・五ヘクタールの山腹の安定を図り、もつて下方の本件家屋等一五戸の民家や本件町道の五〇〇メートルにわたる範囲を保全することを目的とする公の営造物でありながら、右目的を達成するための施設としてはきわめて不十分なものであり、そのため、本件第二次崩壊に際しては、崩落する土砂を止めることができなかつたのであるから、その設置に瑕疵があつた旨主張するので、この点につき検討する。

(2) <証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。

(イ) 前記のとおり、台風一〇号による豪雨によつて本件第一次崩壊箇所から土砂崩壊があり、本件用水路を閉塞する事態が発生したので、被告町は、コンクリート製の擁壁を構築して応急の防災工事を施した。しかしながら、現場の状況からみて、本件山地では今後とも少量の土砂の崩落が予想され、かつ、谷状部分の下方には本件用水路及び原告らの家屋もあつた。そこで、被告町は、これらの土砂の落下を防止するための谷止工の設置を被告県に対して要請した。

(ロ) 右要請を受けた被告県では、本件第一次崩壊の崩壊規模等を検討した結果、被告県の単独費用による県単治山事業のうち、小規模荒廃地復旧事業(県単治山事業採択要領第2の1)として本件山地に谷止工を設置することとなつた。なお、この小規模荒廃地復旧事業は、山地において台風豪雨その他の天然現象により発生、又は拡大した荒廃地の復旧若しくは荒廃のおそれを生じた林地の予防をする事業のことである。そして、これと相前後して、当時治山林道課治山係長であつた訴外下村早(以下、「下村係長」という。)及び同事務所技師であつた訴外芝光夫(以下「芝技師」という。)らの治山林道課職員が本件山地を調査し、谷状部分の測量、山腹の勾配の形測及び谷状部分の岩質状態の調査を行つた。これによると、山腹の勾配は傾斜度三〇度で地質は御荷鉾層、基岩は無点紋黒色片岩であつた(右調査結果は原告らと被告県との間で争いがない)。そして、このときには、本件第一次崩壊箇所は、表土が剥落したあとがあつたものの、同箇所には、既に高さ約三〇センチメートル位の草木が生育しており、次第に林地に復しつつあり、斜面崩壊の前兆であるき裂の発生、陥没、隆起、地下水の変動等も存在しなかつた。また、谷状部分の岩盤は強固であり、その周辺及び上部は、樹木が密生した森林状態を呈しており、山腹の他の部分との間に顕著な植生上の差異はなかつた。

(ハ) そこで、芝技師らは、本件山地は本件第一次崩壊を上回る大規模の崩壊が発生する状況になく、その谷状部分上方からの土砂の落下も、表土層が崩落する程度であると考え、山脚部の固定と崩落土砂の防止を目的として谷状部分に本件谷止工を設置することとした。こうして設置された本件谷止工は、基礎は二段に岩盤を掘穿し、基底の厚さ一・八五メートル、袖天端の厚さ〇・五メートル、高さ三・五メートル、長さ一二メートル、コンクリート体積三八・九立方メートルの規模のものであり、昭和四七年九月四日に工事に着工し、同年一〇月二三日に完成し、同日引渡を受けた(本件谷止工の規模及び工期については、原告らと被告県との間に争いがない。なお、本件谷止工の形状は、別紙(六)記載のとおりである。)。

(ニ) ところで、林野庁長官は、治山施設の設置場所、規模、構造等の技術の一般的基準として、治山技術基準という通達(昭和四六年三月二七日通達)を発しているが、これによれば、谷止工は、溪床の縦横浸食を防止し、山脚を固定して、林地の保全をはかることを目的とする治山ダム工(えん堤、谷止、床固に大別される。)の一つとして、小溪に築設される構造物であり、第一次的には崩壊の危険性ある山腹の脚を固定して山腹の崩壊を防止する作用、第二次的には溪床の勾配を緩和し、溪床の縦横浸食を防止する作用という二つの機能を有するものであるとされている。ところで、谷止工を始めとする治山ダム工は一般に多額の経費を必要とするうえ、その目的がそれぞれ異なることに照らすならば、これを設置するに当つては、その目的に応じ最も効果的で、かつ、経済的な位置と構造とを選定しなければならないところ、本件谷止工は、前記通達に基づいて設計、施工されたものであり、その上流側に土砂を堆積させることにより傾斜度約三〇度の溪床勾配を緩和し、山脚の固定を図ることと併せて土砂の小規模の崩落を防止し、林地の保全を図ることを目的としており、上流側に約七〇立方メートルの土砂を堆積できるよう設計されている。また、本件谷止工の位置は、前記のとおり、谷状部分の途中にあり、本件町道の北端からの水平距離及び垂直距離でそれぞれ約二八・五メートル及び約二〇・九メートルであるが、この地点が選定されたのは、同所に硬い岩盤が出ており、勾配が緩やかになつた部分で、崩落土砂の原因となる不安定土砂も多量に堆積しており、前記の谷止工の所期の目的を達成するのに最適な箇所であると考えられたことによるものである。そして、本件谷止工を別の所に設置すること及びその規模をこれ以上大きくすることは、現場の地形又は技術面からみて、きわめて困難であつた。

(ホ) 前記のように、台風一八号に伴う豪雨によつて本件第二次崩壊が発生したが、これによる崩落土砂は、本件谷止工を乗り越えて下方に落下し、本件災害を発生させたが、本件谷止工それ自体は現存し、何ら崩壊していない。

(ヘ) 高知県は、わが国でも降雨量の最も多い地方の一つであり、県下全域にわたり年間降雨量は二〇〇〇ミリを超え、季節的には、梅雨から秋雨までの時期に降雨が多く、とりわけ、八月、九月の台風の影響による降雨が最も大きな比重を占めている。そして、本件災害の発生した時点から過去一〇年余の日雨量をとってみても、本山町では昭和三八年八月九日に五一九ミリ、昭和四〇年九月一四日に三二一ミリ、昭和四三年八月二八日に三一二ミリ、昭和四五年八月二一日(本件第一次崩壊発生時)に三五二ミリ、昭和四七年九月七日に三〇〇ミリをそれぞれ記録しているが、その間、本件山地で崩壊が発生したのは、本件第一次崩壊の一回だけであり、しかも、このときの崩壊も前述の程度に止まつていた。

(ト) 斜面崩壊は、降雨量がその発生の一つの大きな誘因となつているものの、その発生の機構が完全には解明されていないので、前述したき裂の発生等の明らかな前兆のある場合を除いては、その発生を事前に予測することは非常に困難である。なお、現在では、右予測の方法につき、時間と降雨量による予測、タンクモデルによる予測及びハイエトグラフによる予測などが開発されているが、そのいずれもが決定的な予測方法とはいえない状況下にある。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(3) 右認定によれば、本件谷止工は、もともと溪床勾配を緩和するとともに山脚を固定し、本件第一次崩壊程度の小規模な崩落土砂の落下を防止する目的で設置されたものであり、他方、本件谷止工設置当時、本件第一次崩壊箇所又はその周辺において、本件第二次崩壊程度の規模の土砂の崩壊が発生する危険性を予見することは不可能であつたというべきである。そして、本件全証拠によつても、本件谷止工それ自体又は本件谷止工が設置されたことによつて、本件第二次崩壊及び本件災害が発生し、又は助長されたことを認めるに足りる証拠はない。

ところで、原告らは、本件谷止工が所期する目的は、山腹崩壊、土砂崩壊などの予防施設として山腹の基礎を固定し、〇・五ヘクタールの山腹の安定を図り、もつて下方の本件家屋等一五戸の民家や本件町道の五〇〇メートルにわたる範囲を保全することにあるところ、本件谷止工は、右目的を達成するのに最少限必要な排水工及び盛止工の組合わせ工事、本件山地の山腹の土砂切取並びに土留工等の工事をしていない不完全な施設であるから、その設置に瑕疵があつたというべきである旨主張する。

なるほど、<証拠>中には、原告らの主張に沿う記載部分もあるが、<証拠>によれば、右記載中山腹安定面積〇・五ヘクタールとあるのは、〇・〇五ヘクタールの誤記であること及びその他の施行効果の記載も地蔵寺川の対岸をも含めて下流一又は二キロメートルの範囲につき経済効果があるとして記載されたものであることがそれぞれ認められる。そうすると、これらの記載があるからといつて、直ちに本件谷止工の目的が原告ら主張のとおりであると認めることはできない。

また、前述のとおり、本件第二次崩壊の発生が事前に予見できず、本件谷止工が本件災害を発生又は助長させたものとは認められず、本件谷止工以外の施設の設置が困難である本件においては、被告県が原告ら主張の工法によつて本件谷止工を施工しなかつたからといつて、そのゆえをもつて本件谷止工の設置につき、瑕疵があるとすることはできない。

(4) よつて、本件谷止工の設置に瑕疵があるとする原告らの主張は、理由がない。

(三)  本件谷止工の管理の瑕疵

(1) 原告らは、本件谷止工は、設置後次第に堆積した土砂のために本件災害当時には、すでにこれ以上の土砂をせき止める効果を有していなかつたにもかかわらず、被告県においても右土砂を除去し、又は新たな谷止工を設置するなどの適切な管理を怠り、これを放置していたために、本件第二次崩壊に対し、何らの防災効果をあげることができなかつたのであるから、その管理に瑕疵がある旨主張する。そして、本件谷止工が設置されて以降、被告県がその上方に堆積した土砂を除去しなかつたこと及び新たに谷止工を設置しなかつたことは、原告らと被告県との間に争いがない。

(2) しかしながら、前記(二)(2)(ニ)のとおり、谷止工は、山脚を固定して崩壊を防止すること及び溪床勾配を緩和し、縦浸食を防止する作用をその目的としているところ、本件谷止工の上流の土砂を本件谷止工によつて堆積させておくことは、むしろ、本件谷止工の右目的を果たすものであるから、この土砂を除去しなかつたことをもつて被告県による本件谷止工の管理に瑕疵があつたとすることはできない。そして、本件山地に本件谷止工以外の別の谷止工を設置することがきわめて困難であることは前記のとおりであるから、別の谷止工を設置しなかつたからといつて、本件谷止工の管理に瑕疵があつたとすることもできない。更に、前記のとおり、本件谷止工は、元来本件第一次崩壊程度の土砂崩落を想定して設置されたものである以上、それよりもはるかに大規模であり、かつ、その発生を事前に予見することのできなかった本件第二次崩壊による崩落土砂が、結果的に本件谷止工の上方で堆積しきれずに、これを乗り越えて下方に落下して本件災害を発生させたとしても、そのことをもつて、本件谷止工の管理に瑕疵があつたとすることはできない。そして、その他、本件全証拠によつても本件谷止工につき、その設置後、谷止工として通常有すべき安全性を欠くに至つた事実は認められない。

(3) 従つて、本件谷止工の管理に瑕疵があるとする原告らの主張は、理由がない。

(四)  よつて、本件谷止工の設置又は管理について瑕疵は認められないから、この点に関する原告らの主張は理由がない。

2  国賠法一条一項による被告県の責任

(一)  いわゆる行政の不作為責任について

原告らは、被告県の公権力の行使に当る公務員において、その権限を行使しなかつた過失がある旨主張する。

ところで、公務員は、さまざまな行政活動においてその権限を行使するが、行政作用の専門性、技術性又は政策性等に照らすならば、これら権限を行使するかどうか、行使するとした場合の時期、方法等の選択についての判断は、原則として当該公務員の自由裁量に委ねられているものと解すべきであるが、法が公権力の行使に当る公務員に裁量権を付与した趣旨が公務員に個別具体的状況に即応した合理的な措置をとらせ、もつて法の所期する行政目的を達成させることにある点に照らすならば、一定の要件を具備するときには、公務員について、当該権限を行使すべき義務が生じ、その懈怠によつて住民に対し、法益侵害の結果を生じさせた場合には、公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたものとして、当該地方公共団体において、国賠法一条一項によりこれを賠償する責任があるといわなければならない。

しかしながら、いかなる公務員の不作為がいかなる場合にいかなる要件の下で違法となるかはともかくとして、右不作為に関して違法が認められるためには、少なくとも、当該公務員に法令上の作為義務が存在すること並びに住民の生命、身体及び財産に対する法益侵害の具体的な危険が切迫し、かつ、公務員において、これを予見することが可能であること(具体的危険性の存在とその予見可能性)が必要であると解するのが相当である。

(二)  県知事の過失

(1) 県知事が被告県の公権力の行使に当る公務員であることは、原告らと被告県との間に争いがない。

(2) 地すべり防止区域の指定に関する県知事の過失について

(イ) 原告らは、本件山地は本件災害発生前から山崩れ発生の危険が予見できたのであるから、県知事は、遅くとも昭和四七年末以前に同法三条一項に基づいて主務大臣に対し、本件山地を同項所定の地すべり防止区域に指定するよう、また、仮に、本件山地だけでは右指定の要件を欠くのであれば、同所と数十メートルしか離れておらず、昭和五〇年五月二九日に地すべり防止区域に指定された田井樺地すべり区域と本件山地とを合わせて指定につき意見の具申又は指定の申請をすべきであつたのに、いずれもこれを怠つた過失がある旨主張する。そして、県知事が本件災害発生前に右の各行為をしなかつたこと、田井樺地すべり区域が本件山地と近接していること及び田井樺地すべり区域が昭和五〇年五月二九日付けで地すべり防止区域に指定されたことは、いずれも原告らと被告県との間に争いがない。

しかしながら、本件全証拠によつても、本件災害発生以前に本件山地が地すべり地域であることをうかがわせる徴候(その主な徴候は、前述のようにき裂の発生、陥没、隆起、地下水の変動等である。)があつたことを認めるに足りる証拠はないから、県知事において昭和四七年末以前にこれらの地域が地すべり地域であることを予見することはできなかつたとみるべきである。そして、右予見ができなかつた以上に、田井樺地すべり区域と本件山地とを合わせて指定につき意見の具申又は指定の申請をすべき義務が発生しないことも明らかである。なお、昭和四五年八月に本件第一次崩壊のあつたことは前述のとおりである。右崩壊が地すべりによるものであるかどうかは、前述のように必ずしも明らかではないうえ、下村係長らによる前記調査時の本件第一次崩壊箇所の状況に照らすならば、仮に、本件第二次崩壊が地すべりであつたとしても、同崩壊の危険性を事前に予見することは、不可能であつたというべきである。

従つて、本件山地につき崩壊の危険性があつたことを前提とする原告らの右主張は理由がない。

(ハ)(ママ)よつて、その余の点について判断するまでもなく、本件において県知事が本件山地につき、地すべり防止区域の指定につき意見の具申又は指定の申請をしなかつたことについては、県知事に過失がない。

(3) 保安林又は保安施設地区の指定に関する県知事の過失について

(イ) 原告らは、本件山地は本件災害発生前から山崩れ発生の危険が予見できたのであるから、県知事は、森林法二五条一項三、六号所定の目的を達成するために遅くとも昭和四七年末以前に同法二七条一項又は四一条二項に基づき、農林水産大臣に対し、本件山地を保安林又は保安施設地区に指定するよう申請すべきであつたのに、これを怠つた過失がある旨主張する。そして、県知事が右行為をしなかつたことは、原告らと被告県との間で争いがない。

しかしながら、前記認定の本件山地の状況に照らすならば、県知事において本件災害発生前に本件山地の崩壊の具体的危険性を予見することは不可能であつたとみるべきであるから、本件山地につき崩壊の危険性があつたことを前提とする原告らの右主張は理由がない。

(ロ) ところで、<証拠>によれば、昭和五一年三月二七日に本件山地を含む地域が保安林に指定されたことが認められるが、右の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、右指定は、本件第二次崩壊後の本件山地につき、土砂の流出を防止し、もつて下方の人家及び耕地の保全を図る目的で行われたものであることが認められるから、右指定がその後行われたことをもつて、直ちに昭和四七年末以前に県知事が本件山地につき、保安林の指定申請を行わなかつたことに過失があるとはいえない。

(ハ) よつて、その余の点について判断するまでもなく、本件で県知事が本件山地につき、保安林又は保安施設地区の指定申請をしなかつたことについては、県知事に過失がない。

(4) 急傾斜地崩壊危険区域の指定に関する県知事の過失について

(イ) 原告らは、本件山地は本件災害発生前から山崩れ発生の危険が予見できたのであるから、県知事は、遅くとも昭和四七年末以前に同法三条一項に基づいて本件山地を同項所定の急傾斜地崩壊危険区域に指定すべきであつたのにこれをしなかつた過失がある旨主張し、現実に右指定が行われなかつたことは、原告らと被告県との間で争いがない。

しかしながら、前記認定事実に照らすならば、本件災害発生前に本件山地につき崩壊の具体的危険性を予見することは不可能であつたというべきであるから、本件山地につき崩壊の危険性があつたことを前提とする原告らの主張は理由がない。

(ロ) また、急傾斜地法によれば、県知事は、急傾斜地の崩壊による災害から住民の生命及び身体を保護するため(同法一条)、急傾斜地崩壊危険区域指定の権限(同法三条一項)と急傾斜地崩壊防止工事施行の権限(同法一二条一項)とを有しているところ、原告らと被告県との間で成立に争いがない乙第一四号証及び弁論の全趣旨によれば、わが国には急傾斜地が全国至る所に存在し、急傾斜地法制定(昭和四四年)に先立つ全国実態調査によつただけでも、崩壊のおそれのある急傾斜地が全国で約七四〇〇箇所存在することが判明しているが、これら多くの急傾斜地すべてを急傾斜地崩壊危険区域に指定し、同法所定の規制を加えることは不可能であるので、同法は、同区域に指定されるべき急傾斜地を崩壊するおそれのある急傾斜地(傾斜度が三〇度以上の土地をいう。同法二条一項)で、崩壊により相当数の居住者その他の者に危害が生ずるおそれのあるもの及びこれに隣接する土地のうち、当該急傾斜地の崩壊が助長され、又は誘発するおそれがないようにするため、同法七条一項各号に掲げる崩壊助長行為が行われることを制限する必要がある土地の区域に限定している。そして、原告らと被告県との間で成立に争いのない乙第二四号証によれば、都道府県知事による同区域の指定は、通達による指定基準(昭和四四年八月二五日建設省河砂第五四号建設省河川局長通達。なお、その内容は、別紙(三)記載のとおりである。)に基づいて運用されていることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。ところが、前掲乙第六号証、本件家屋付近を撮影した写真であることはいずれも原告らと被告県との間に争いがなく、<証拠>を総合すれば、本件災害当時、本件山地の南側斜面には、本件家屋のほかには、訴外小笠原一郎所有の作業小屋、住家及び馬小屋が存在しただけで、官公署、学校、病院、旅館等の施設は存在しなかつたことが認められるから、結局、本件山地は前記指定基準を充足せず、急傾斜地崩壊危険区域に指定されなかつたことは明らかである。そして、これに前述した急傾斜地法の趣旨、急傾斜地の数及び都道府県の財政的制約等を考慮するならば、前記通達による指定基準には合理性があるから、これをもつて指定権者の指定すべき土地の範囲をことさら制限又は限定した違法なものと断ずることもできない。

(ハ) よつて、県知事が本件山地を急傾斜地法三条一項所定の急傾斜地崩壊危険区域に指定しなかつたことには過失が認められない。

(5) 現地調査に関する県知事の過失について

(イ) 地すべり防止区域の指定に関する現地調査について

① 原告らは、本件山地では、本件第一次崩壊があり、現地調査が要請されていたのであるから、県知事は、地すべり等防止法三条一項の所定の意見具申及び指定の申請をするかどうかを判断する前提として、遅くとも昭和四七年末以前に本件山地を調査すべきであつたのに、これを怠つた過失がある旨主張する。そして、県知事がこれらの行為をしなかつたことは、原告らと被告県との間で争いがない。

② なるほど、本件第一次崩壊があつたことは前記のとおりであるけれども、同崩壊後本件山地が地すべり地区であること又は崩壊の危険性があることを予見することは不可能であつたというべきであるから、本件山地に本件第一次崩壊が発生したということだけで直ちに原告ら主張の調査義務が発生するものとはいえない。

③ 従つて、県知事が右調査をしなかつたことについては過失が認められない。

(ロ) 保安林又は保安施設地区の指定に関する現地調査について

① 原告らは、本件山地では、本件第一次崩壊があり、現地調査が要請されていたのであるから、県知事は、森林法二七条一項又は四一条一項による保安林又は保安施設地区の指定申請をするかどうかを判断する前提として、遅くとも昭和四七年末以前に本件山地を調査すべきであつたのに、これを怠つた過失がある旨主張する。そして、県知事がこれらの行為をしなかつたことは、原告らと被告県との間で争いがない。

② なるほど、本件第一次崩壊があつたことは前記のとおりであるけれども、同崩壊後本件山地につき崩壊の危険性があることを予見することは不可能であつたというべきであるから、本件山地に本件第一次崩壊が発生したということだけで直ちに原告ら主張の調査義務が発生するものとはいえない。

③ 従つて、県知事が右調査をしなかつたことについては過失が認められない。

(ハ) 急傾斜地崩壊危険区域の指定に関する現地調査について

① 原告らは、本件山地では、本件第一次崩壊があり、現地調査が要請されていたのであるから、県知事は、急傾斜地法三条一項所定の急傾斜地崩壊危険区域の指定をするかどうかを判断する前提として、遅くとも昭和四七年末以前に本件山地を調査すべきであつたのに、これを怠つた過失がある旨主張する。そして、県知事がこれをしなかつたことは、原告らと被告県との間で争いがない。

② ところで、同法四条、五条によれば、県知事は急傾斜地に対する調査権限を有しているが、これは、同法上の各種の権限を行使する前提として、まず県知事において対象地の危険性を把握する必要があることによるものである。従つて、県知事の右調査権限は、急傾斜地崩壊危険区域を指定するうえで重要な働きをすることは否定できない。

③ そこで、これを本件についてみるのに、なるほど、本件第一次崩壊があつたことは前記のとおりであるけれども、同崩壊後本件山地が急傾斜地崩壊危険区域であることを予見することは不可能であつたというべきであるから、本件山地に本件第一次崩壊が発生したということだけで直ちに原告ら主張の調査義務が発生するものとはいえない。そして、本件山地が前記指定基準に適合するものではないことも、前記のとおりである。

④ 従つて、県知事が右調査をしなかつたことについては過失が認められない。

(ニ) 治山事業に関する現地調査について

① 原告らは、本件山地では、本件第一次崩壊が発生し、現地調査が要請されていたのであるから、県知事は、地方自治法所定の治山事業を全うするために遅くとも昭和四七年末以前に本件山地を調査すべきであつたのに、これを怠つた過失がある旨主張する。そして、県知事がこれらの行為をしなかつたことは、原告らと被告県との間で争いがない。

② なるほど、本件第一次崩壊があつたことは前記のとおりであるけれども、同崩壊後本件山地につき崩壊の危険性があることを予見することは不可能であつたというべきであるから、本件山地に本件第一次崩壊が発生したということだけで直ちに原告ら主張の調査義務が発生するものとはいえない。

③ 従つて、県知事が右調査をしなかつたことについては、過失が認められない。

(ホ) よつて、県知事が、前記(イ)ないし(ニ)記載の各現地調査を行わなかつたことについては、過失がない。

(三)  治山林道課職員の過失

(1) 治山林道課職員が被告県の公権力の行使に当る公務員であることは、原告らと被告県との間に争いがない。

(2) 原告らは、本件山地は本件第一次崩壊が発生するなど山崩れの危険性があつたから、治山林道課職員は、その所管にかかる治山事業を全うするために、本件災害発生前にボーリング調査等により本件山地の調査を尽くし、本件山地につき山崩れ等の予防対策工事の設計、施工をすべきであつたのにこれを怠り、不十分な調査しかせず、不十分な本件谷止工を設置した以外に何らの措置を取らなかつた過失がある旨主張する。そして、治山林道課職員が本件谷止工の設計のために本件山地の調査をしたものの、原告らの主張するような調査又は予防対策工事の設計、施工をしなかつたこと及び本件谷止工を設置したことは、いずれも原告らと被告県との間で争いがない。

しかしながら、前記認定の本件山地の状況に照らすならば、本件災害発生前には、同所につき、山崩れの具体的危険性を予見できなかつたのであるから、下村係長らのした前記調査には何ら不十分な点はなく、それ以上に同所の地質をボーリング調査すべき義務又は同所につき山崩れ予防対策工事の設計、施工をすべき義務は発生しない。また、原告らは、仮に治山林道課職員に右義務がないとしても、同職員は、権限のある被告県の所管部課に引き継ぎ、又は関係者にその旨告知して指導し、もつて山崩れを防止する義務があつた旨主張するが、前記のように本件山地につき、山崩れの具体的危険性が予見できなかつた以上、これを防止するために治山林道課職員において、被告県の他の所管部課に引き継ぎ、また、関係者にその旨告知して指導する義務も発生しないといわねばならない。

(3) よつて、その他の点について判断するまでもなく、治山林道課職員は、本件山地の現地調査に関し、何ら過失がない。

(四)  以上のとおり、国賠法一条一項に基づく原告らの被告県に対する請求は、いずれも理由がない。

3  国賠法一条一項による被告町の責任

(一) いわゆる行政の不作為の点については、前記理由三2(一)に記載したところと同様である。

(二)  町長の過失

(1) 保安林の指定に関する町長の過失について

(イ) 原告らは、本件山地は本件災害発生前から崩壊発生の危険が予見できたのであるから、町長は、森林法二五条一項三、六号所定の目的を達成するために遅くとも昭和四七年末以前に同法二七条一、二項に基づき、県知事を経由して農林水産大臣に対し、本件山地を保安林に指定するよう申請すべきであつたのに、これを怠つた過失がある旨主張する。そして、町長が右行為をしなかつたことは、原告らと被告町との間で争いがない。

(ロ) しかしながら、前記認定の本件山地の状況に照らすならば、町長において本件災害発生前に本件山地の崩壊の具体的危険性を予見することは不可能であつたとみるべきであるから、本件山地につき崩壊の危険性があつたことを前提とする原告らの右主張は理由がない。

(ハ) よつて、その余の点について判断するまでもなく、本件において町長が本件山地につき、保安林の指定申請をしなかつたことについては、町長に過失がない。

(2) 急傾斜地崩壊危険区域の指定に関する町長の過失について

(イ) 原告らは、本件山地は本件災害発生前から崩壊発生の危険が予見できたのであるから、町長は、県知事が同法三条一項に基づいて本件山地を同法所定の急傾斜地崩壊危険区域に指定するよう、遅くとも昭和四七年末以前に右指定について意見を述べるべき義務がある(地方自治法二条三項一二号、同法別表第二の二五の一五)のにこれをしなかつた過失がある旨主張し、本件災害前に右意見が述べられなかつたことは、原告らと被告町との間で争いがない。

(ロ) しかしながら、前記のとおり、本件山地につき山崩れの具体的危険性が予見できなかつたこと及び同所が前記指定基準の要件を充足しないことに照らすならば、町長は、同所に関しては、県知事の行う急傾斜地崩壊危険区域の指定につき、意見具申義務がないというべきである。

(ハ) よつて、その余の点について判断するまでもなく、本件において町長が本件山地につき、急傾斜地崩壊危険区域の指定の意見具申をしなかつたことについては、町長に過失がない。

(三)  町吏員の過失について

(1) 町吏員が被告町の公権力の行使に当る公務員であることは、原告らと被告町との間に争いがない。

(2) ところで、原告らは、本件山地は本件災害発生前から崩壊発生の危険が予見できたにもかかわらず、町吏員は本件谷止工の施行効果を過信し、昭和四九年初めころユキエから本件山地の安全性について質問を受けた際にも軽率に大丈夫であると説明したのであるから、町吏員には、同所の状況に関する判断及び住民に対する説明につき、過失がある旨主張する。そして、原告李政三及び同河野康孝の各本人尋問の結果中には右主張に沿う部分が存在する。

しかしながら、証人島村泰生の証言(第一、第二回)及び前記認定の本件第一次崩壊発生後の本件山地の状況に照らすならば、前記原告李政三及び同河野康孝の各供述はにわかに措信できず、他に原告ら主張の右事実を認めるに足りる証拠はない。

(3) よつて、原告らの前記主張は、その前提を欠くから、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

(四)  以上のとおり、原告らの被告町に対する請求は、いずれも理由がない。

四結論

よつて、原告らの本訴各請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないから、これをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(山口茂一 大谷辰雄 田中 敦)

別紙(一)

(1)(150000−40000)×12×13.616=17973120

(2)(150000−40000)×12×22.293=29426760

別紙(二)

1 地すべり等防止法三条による地すべり防止区域の指定は、地すべり地域の面積が五ヘクタール以上のもので次の各号の一に該当するものについて行うものとする。

(一) 多量の崩土が溪流又は河川に流入し、下流河川に被害を及ぼすおそれのあるもの。

(二) 鉄道、都道府県道以上の道路又は迂回路のない市町村道、その他公共施設のうち重要なものに被害を及ぼすおそれのあるもの。

(三) 官公署、学校又は病院等の公共建物のうち重要なものに被害を及ぼすおそれのあるもの。

(四) 貯水量三万立方メートル以上のため池若しくは関係面積一〇〇ヘクタール以上の用排水施設又は利用区域面積五〇〇ヘクタール以上の林道に被害を及ぼすおそれのあるもの。

(五) 人家一〇戸以上に被害を及ぼすおそれのあるもの。

(六) 農地一〇ヘクタール以上に被害を及ぼすおそれのあるもの。

2 なお、前項の基準に該当しないが、家屋の移転を行うため特に必要がある場合には、指定することができる。

別紙(三)

1 急傾斜地法三条による急傾斜地崩壊危険区域の指定は、次の各号に該当するものについて行うものとする。

(一) 急傾斜地の高さが五メートル以上のもの。

(二) 急傾斜地の崩壊により危害が生ずるおそれのある人家が五戸以上あるもの又は五戸未満であつても官公署、学校、病院、旅館等に危害が生ずるおそれのあるもの。

2 なお、指定にあたつては、急傾斜地崩壊防止工事を施行したもの、若しくは施行中のもの、災害を受けたもの又は急傾斜地の崩壊により危害が生ずるおそれのある人家戸数の多いもの等について考慮のうえ、緊急なものから順次指定すること。

別紙(五)

地すべりと斜面崩壊(がけ崩れ)との違い

地すべり

斜面崩壊

地質

特定の地質又は地質構造の所に多く発生する。

地質との関連は少ない。

土質

主として粘性土をすべり面として活動する。

砂質土(マサ、ヨナ、シラス等)の中でも多く起こる。

地形

五ないし二〇度の緩傾斜面に発生し特に上部に台地状の地形を持つ場合も多い。

二〇度以上の急傾地に多く発生する。

活動状況

継続性、再発性

突発性

移動速度

一日当り〇・〇一ないし一〇ミリメートルのものが多く一般に速度は小さい。

一日当り一〇ミリメートル以上で速度はきわめて大きい。

土塊

土塊の乱れは少なく、原形を保ちつつ動く場合が多い。

土塊はかく乱される。

誘因

地下水による影響が大きい。

降雨特に降雨強度に影響される。

規模

一ないし一〇〇ヘクタールで規模が大きい。

規模が小さい。

徴候

発生前にき裂の発生、陥没、隆起、地下水の変動等が生じる。

徴候の発生が少なく突発的に滑落してしまう。

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